35歳・人生計画立て直しの真っ最中。牛飼い&野菜農家を目指す。

 

こんにちは。ススです。

わたくし先日めでたく35歳の誕生日を迎えました。「年齢を3で割ると人生の時間になるんだよー」なんてよく聞きますが、それでいうと35歳は11時半ちょっとすぎ。そろそろ午前中が終わりそうです。

会社勤めだったときの経験では、11時半ともなると今日の仕事の巻き返しは結構しんどいですが、まだ午後の踏ん張りでギリギリ巻き返せる時間帯。いまのうちに午後の計画ちゃんと立てて、お昼ごはんしっかり食べてエネルギーチャージして、そんで午後しっかり集中して働けば、どうにか常識的な時間で帰れるんじゃないか・・・っていう感じですかね。

そんなギリギリの年齢ではありますが、最近の我が家は、まさに人生計画立て直しの真っ最中。目下の大プロジェクトは「転職」と「引っ越し」です。

わたしたちはいま「夫は牛飼い・わたしは野菜農家」という自分でいうのもアレですが、結構なビックプランを目標にかかげて転職活動しています。夫もわたしも親の代からサラリーマンで一次産業は全くの未経験。牛飼いだけ、野菜農家だけでも大変なのに、二本立てとは大馬鹿なのか?といわれそうではありますが本気です。

もともとは、ざっくりした移住計画が最初でした。移住先での仕事については、なんとなく「移住するなら会社勤めじゃなくて、一次産業やりたいなー」くらい。でも2人とも未経験で技術なし、そのうえ浪費家で貯金なし、なのに住宅ローンで借金あり、と全然明るい未来がみえてきませんでしたが、それでも選べる選択肢を探して、セミナーやフェアに参加してみたり、各自治体が行っている職業体験に参加していました。

そんな中で、お給料もらいながら独立に向けての技術習得のための研修をさせてくれるという、なんともラッキーな勤め先に出会うことができました。移住先としてはマークしてたエリアではなかったので、本当に偶然の出会いで、こまめに足を運んでセミナーやフェアに行ってみてよかったと切に感じています。

現時点では、「牛飼い」と「野菜農家」という夫婦別々の経営体での独立に向けて、雇用する側も、雇用されるわたしたち側も、納得のうえで先に進んでいけるよう最終調整している段階です。だから場合によっては全て白紙、という結果もあるかもしれない。

本当は全て決まってからブログにアップしようかとも思ったんだけど、たとえ今回の件が白紙になっても、いま考えて経験していることって無駄じゃないし、いまの温度感を文章にしておくことって大切かな、と考え直して途中経過をアップすることにしました。この先どう転ぶかわからないけど、どうか見守ってやってください。

 

引っ越しだって、人生だって、計画第一。第一段階「捨てに捨てまくる」。

わたしは人生で5回目になる引っ越しの準備をしている。
現在住んでいるマンションを売りに出しているので、そう遠くない未来に、必ず引っ越しをする必要があるのだ。

新居も決まってないのに気が早い、とはいうなかれ。現在の日本において、モノは購入するより処分するほうがよっぽど大変で、準備が遅れると悲惨な目にあう。たとえば、トラック何台分のゴミの引き取りで数万円とか。仕事を休んでクリーンセンターと自宅を往復する羽目になる、とか。

今回は、過去の引っ越し作業を振り返り、同じ失敗を繰り返さないための準備を整えようと思う。

 

最初の2回の引っ越しは、わたしが3歳以下のときなので、ほぼ記憶にない。大変だったのは父と母である。
最近、古い写真を整理していたら、当時の引っ越し作業風景の写真がでてきた。わたしと妹、幼い子どもをかかえた若い父と母。引っ越しは大変ではあるが、新居への希望に満ちた、未来へ向けての作業だったのだろう。幸せそうな瞬間が切り取られているいい写真だった。
なぜか幼いわたしたちに混ざって、箱詰めされた「リード」とか「布巾」とか「サランラップ」とかも写真に残ってて笑えた。

3回目の引っ越しは、なんの断りもなく実家を勝手に飛び出して、いまのオットと同棲をはじめた22歳のときだ。記憶に残る始めての引っ越し(家出?)である。このとき実家から持っていったのは、いつも持ち歩いてるバッグの中の荷物と、お気に入りの洋服くらい。あとは必要なものを少しずつ、新しく揃えていった。当時はいまと比べると貧乏だったけど、お金がないなりに、新しい住まいを作り上げて行くのは楽しい作業だったように思う。

4回目の引っ越しは、いま住んでいるマンションに移ったとき。同棲していたアパートから購入したマンションに引っ越した。2年間の同棲の間に増えた荷物は結構あって、特に大型家電やソファなどのデカイものは処分するか悩んだ。結局、ダイニングテーブルと食器棚は処分して、あとはほぼ新居に持ち込んだ。

新居に移る際、本来は引っ越し前に、どこに何を置くのか、動線まで考慮してしっかり準備すべきだったのだが、引っ越しを予定していたタイミングと、わたしの祖母が亡くなったタイミングが重なり、引っ越しはオットとその友人に任せきりとなった。
おかげでアパートの荷物はオットによって、適当に新居に配置され、結果、動線はめちゃくちゃで固定された。にもかかわらず、そういうことに無頓着なオットは、一度馴染んだ動線が変わることを嫌い、模様替えもままならない。千載一遇の、夫にストレスを与えず動線を考慮できる唯一のタイミングを有効に活用できず、納得いく家具配置にできなかったことは、引っ越しから10年経ったいまでも後悔している。

 

そんな経験を経ての5回目の引っ越し。同じ轍は絶対に踏みたくない。念には念を入れての準備したい。まだ引っ越す時期も、新居も何も決まってないので、いまはとにかく不用品の処分だ。
本当に必要な荷物はなんなのか。捨てに捨てまくったのち、はじめてごく少数の荷物の箱詰め作業が開始できると考えている。

 

ちなみに、これから整理して捨てようと思っている具体的な荷物は以下のとおり。余計なモを持っていかないように、なんで捨てないといけないのか、自分が決めた基準もあわせて記載しておく。

 

  • 写真

思い出を振り返る時間は、そう多くなくていい。写真は、見飽きずに振り返れる量だけあればいい。

 

先日数えてみたから。オットとわたし2人分で、1200冊以上あった。多すぎる。とても好きな作品でも、もう二度と読まないと思われるものは処分。マンガは、マンガ喫茶やレンタルコミックにおいてあるメジャーな作品は、個人で保管する必要はないから処分。どうしても残したい作品は、電子化を検討する。

 

  • 食器

日常使っているもの以外は基本不要。来客用にどの程度残すか判断に迷うところだが、新居のサイズによって、一度におもてなしできる人数も決まってくるので、新居が決まったら必要量のみ残して、あとは処分する。

 

  • 洋服

日常使いのインナーは3〜5枚あれば十分。必要以上にあると洗濯をサボるし、どんどんタンスからストックの洋服だしちゃって、洗濯も片付けも大変になる一方。わたしの洋服は、もともとそんなにないから、オットの洋服をいかに捨てさせるかが、一番の課題。

 

  • バックやアクセサリーなど

本当に使っているものは数点。普段から使用しているお気に入りのものだけ残して、あとは処分。洋服と同じく、ケチんぼのオットの持ち物の処分がキモ。

 

  • 結婚式の思い出の品

なんとなく捨てがたく、いままでとっておいたけど、天袋に収納して以来、必要になって取り出したことは一度もない。たぶん処分にあたってのメンタル面の障壁が高いだけで、本来は不要のもの。芳名帳は悩むけど、あとは基本的に処分。

 

うん。これだけ処分できれば、かなり荷物が減ると思う。とくに本は処分できる量によっては、引っ越し時のダンボール箱の数を、半数以下にできるはず。

自分が管理しなければならない「モノ」や「情報」は、多ければ多いほどストレスになる。大量の「モノ」に囲まれることは、大量の「情報」を保有し続けなければならないことに他ならず、それはわたしにとって恐怖であり、不安の源なのだ。大量の「情報」を管理できるほどハイスペックにできないから。

引っ越しは、目に見えない日常の「不安の源」を取り除く、またとない機会。この機会を逃さず、捨てて捨てて捨てまくって、身軽になって生きよう。

 

 

マンション売却することにしました。住宅ローンが消え去る期待を胸に抱いて。

 

移住について考え出したのが約1年前。
ついに、ついに、マンションの売却を決意しました。

 

とはいえ現時点では、不動産会社と仲介の契約を行った段階なので、まだまだスタートラインに立ったところですね。これから徐々に、WEBページに掲載されたり、チラシに掲載されたり、そのうち内覧の申し込みがきて、それでやっと走り出すイメージでしょうか。いいご縁があるとよいのですが、こればっかりはわかりませんね。

 

たとえば、お家を購入した動機が「子供も成長してきたし、賃貸のこの家では手狭になってきたな。この子が成人するまでは、家庭を支えることが俺の人生の責任だぜ。よし、覚悟を決めたぞ。」ということなら、将来に向かって返済返済、となるのかもしれません。しかし、我が家の場合は「どうせ家賃払うなら、同じくらいの値段で住宅ローン組めるし、ちょうど結婚するし、お家買って将来家族が増えたときに備えてみるのがいいんじゃないかしら。」といった感覚でした。(慎重な性格のオットは違ったかもしれないけど、チャランポランのわたしはそんな感じでした。)

 

そんなこんなで約10年。いまのお家に不満はとくにないけれど、子供できなかった我々夫婦にとっては、やや広すぎるマンション。そして何より、転職や引っ越しを考えたときに、なんと高い壁になるのでしょうか、住宅ローン。月々の支払いは家賃程度でも、莫大な借金は重たくのしかかります。まるで船を港につなぎとめる錨のように、重たい重たい枷になりました。

 

お家を持つことが人生の目標になる方も多いと思いますし、わたしもいつかは「終の住処」にたどり着けるとよいと思います。でも、いまはまだ違うのかな。

 

散々悩みました。
もともとお掃除は得意じゃないから、全然きれいに住んでないし、売却したところで住宅ローンが残っちゃったら自己資金持ち出しになっちゃうし、そもそも自己資金なんて全然ないし。売れるのか、このマンション。。。

 

いろんな葛藤を乗り越え、結局は地元の不動産を信じて、自分たちの未来を自分たちの望むものにするために、ついに売却を決めました。

 

終の住処が、どこだかわからなくなっちゃたのは不安ですが、どうせわたしの世代が60歳を迎えるころなんて、「生涯現役」「老後なんて死語」みたいになってると思うのですよ。ならばせめて、いつでもどこでもやりたいことができるような、そんな身軽な自分でありたいと、そう願っての決意です。

 

この決意を後悔するときがきたら、それはそれで「しくじり先生」みたいに、ブログで懺悔しよう。そうしよう。

 

未来に向かって生きよう。

ペンネース「スス」は、とある小説から拝借しました。

「スス」という名前は、山田詠美氏の小説『カンヴァスの柩』に出てくる女の愛称である。

この小説を最初に読んだのは、18歳のとき。匂い立つような南国の空気感と、お話全体に漂う気怠げな雰囲気が気に入ったのを覚えてる。

初めて読んでから15年以上、もはや読んだことだって忘れてたけど、ブログのためのペンネームを考えるにあたって、なんとなく本棚を眺めてたら、タイトルをみた瞬間に彼女の名前が蘇ってきたので、そのまま拝借することにした。

短編小説の主人公の名前が蘇ってくるって、わたしにとって、よっぽど強烈だったんだろうと思ったから。

 

ネタバレしちゃうの好きじゃないから、内容の紹介はチョットだけ。
この物語は、恋人同士であるススとジャカの、出会いと日常を切り取ったお話だ。あるときはスス、あるときはジャカの目線から語られる。お互いの間をいったりきたり揺蕩いながら、暑くて甘くて気怠くて、ある種の不潔さを孕んで進んでいく。物語は突然はじまって、そして突然終わるけど、ふたりの日常は多分いまも続いている。

 

今回、ペンネームの由来を書くにあたって小説を読み返したのだけど、ずいぶんと官能的なお話だった。読んだ当時から、その甘さに惹かれていたのだろうと思うけど、18歳のわたしは理解しているようで、その実、想像力が足りてなかったのかもしれない。
ススって名前は、現地のことばで「牛乳」を表している。ガールフレンドを「ミルク」って愛称で呼んでると思うと、なんかちょっと、おしりのあたりがムズムズしてこない?
34歳になったわたしが「ミルク」からペンネームを拝借したと思うと、もはやちょっと恥ずかしい。いまさら変えないけど。

 

さて、この物語が、なんでこんなにも印象的だったのか。

たぶん、わたしがススに憧れるから。でも実際はジャカみたいなやつだから。ススにもジャカにも共感してる。でもどっちにもなれないし、たぶん自らの意志でならない。

 

灼熱の太陽とスコール。
褐色の肌と真っ赤なルージュ。
シーツの皺と染み。

たまには思いを馳せてもいいんじゃない?

 

カンヴァスの柩 (新潮文庫)

カンヴァスの柩 (新潮文庫)

 

 

プロフィール

みなさまの琴線に触れるところがあれはよいなと、さらけ出してみました。 

【名 前】スス(ペンネーム) 
【性 別】女
【血液型】A型
【誕生月】1983年2月(亥年・水瓶座)
【出 身】埼玉県狭山市
【住 居】埼玉県入間市
【家 族】既婚・子供なし
【趣 味】バレーボール・読書・漫画・アニメ ・映画鑑賞

【性 格】
熱しやすく冷め易いため、何事も浅く広くなりがち。
とてもそそっかしいため、忘れものしたり、お皿割ったりしがち。
激しく自己主張するタイプじゃないので、表面的には誰とでも付き合える。反面、鉄壁のパーソナルスペースがあり、立入禁止エリアへの入場規制は厳しめ。
ポジティブ思考で突っ走るので、あとから痛い目みがち。

▼性格診断の結果はこちら

m-gram.com


【職 歴】
飲食店ウエイトレス・倉庫内軽作業・食品加工工場
携帯電話のキャンペーン販売 ・チラシまたはティッシュ配り
コンビニ店員・アパレルメーカー広報
電話受付オペレーター・データ入力・コールセンターSV
農家さんの手伝い・整骨院の手伝い

【音 楽】
B’z・THE YELLOW MONKEY・クレイジーケンバンド
椎名林檎・Cocco・EGO-WRAPPIN’・LOVE PSYCHEDELICO
Cyndi Lauper・Oasis・Red Hot Chili Peppers・Lenny Kravitz
Queen・Bob Marley・Jackson5・Bruno Mars

【映 画】
スワロウテイル・かもめ食堂・アヒルと鴨のコインロッカー
雨に唄えば・オズの魔法使い・マディソン郡の橋・グラン トリノ
ミリオンダラーホテル・パイレーツ オブ カリビアン
酔拳2・プロジェクトA・Mr.&Mrs.スミス・ダイハード・あぶない刑事
天空の城ラピュタ・紅の豚・耳をすませば・サマーウォーズ

【作 家】
中島らも・山田詠美・村上春樹・遠藤周作・群ようこ・村山由佳
西加奈子・東直己・西村賢太・坂口安吾・夢野久作・三島由紀夫


【好きな人物像】
峰不二子(ルパン三世)
ドーラ(天空の城ラピュタ)
アンジェリーナジョリー(女優)
「女の業を背負いながら、リベラルに生きるのが目標です。」


冴羽獠(シティハンター)
はたけカカシ(NARUTO)
桜木花道(スラムダンク)
東方仗助(ジョジョの奇妙な冒険)
桑原和真(幽遊白書)
花園百春(あひるの空)
沙悟浄(最遊記)
中原中也(文豪ストレイドックス)
ヒュー・ジャックマン(俳優)
「やさしさに勝る男らしさはないと断言します。」


【私がブログをはじめた理由】
現在作成中です。いざ、まとめてみようと思うと、なかなか難しい。。。

 

【名前ススの由来】
こちらをご覧ください。

ビックマックは3回ウマイ。本当は秘密の新しい食べ方をこっそりお教えします。

みなさんマクドナルドはお好きですか。

わたしは大好きです。太る?身体に悪い?いいんですよ、たまには。

 

そんな大好きなマックの看板メニュー「ビックマック」。我が家では、ちょっと変わった食べ方をしています。今日はオット直伝の秘密の食べ方を紹介しちゃおうと思います。

 

まずは、ビックマックがどんなバーガーだったか確認しておきましょう。

 

はい。美味しそうですね。

 写真で確認できるとおり、ビックマックは上から

①パン ②肉 ③レタス ④パン ⑤肉 ⑥チーズ ⑦レタス ⑧パン

の構造になっています。

 

ふつうに食べても、めちゃんこ美味しいのですが、いかんせん縦に大きくて、口に入れる際にこぼれまくることが、難点といえば難点。それをつぶして食べるのが好き!って方も多そうですが、我が家はこぼさず余さず食べたい派。

 

そこでオットによって開発されたのが「分解食い」です。

これは、ほとんどこぼさず、3種類の違うバーガーが味わえるという、なんとも優れたアイデアになります。

しかし、ただ闇雲に分解すればよいというわけではありません。研究を重ねた結果、ベストな分解は、以下のとおりであることが判明しています。

 

まず最初は、①パン ②肉 のみを食すことで、ハンバーガーもどきをいただきます。予想どおりの味ですが、ビックマックはパンにゴマふってあるので、ちょっとだけ幸せを感じることができると思います。

 

次は、③レタス  ④パン をいただきましょう。これは通常マクドナルドには置いてない、サンドウィッチ風の野菜バーガーになります。味の決め手はオーロラソース。30代も半ばになると、正直この野菜バーガーが1番美味しいのではないかと感じてしまう次第です。

 

最後に、⑤肉 ⑥チーズ ⑦レタス ⑧パン のチーズバーガーもどきでフィニッシュですね。こちらも通常では入っていないレタス入りとなるので、お得感満載です。

 

どうでしょうか、このアイデア。ぜひみなさんにも試してほしい!

しかし、テイクインでひとりで分解して食べるのは、最初はちょっと勇気がいるので注意が必要です。でも、美味しさに気がついて慣れてしまえば、(残念ながら)他人の視線なんて関係なくなりますので、とりあえず最初は、複数人で挑戦するか、テイクアウトでの体験をおすすめいたします。

 

さぁみなさん、どうぞお試しあれ。

 

世界は簡単に変えられる、だって自分が変わればいいだけ。

わたしたち夫婦は、2018年1月現在、地方への移住を検討している。
オットはどうだか知らないが、わたしが移住を考えだしたのは、ここ2年くらいのこと。

わたしは、大手企業のサラリーマンの父と、パート勤務の母との間に育った、ごく一般的な家庭の長女だ。

自分の人生においても、なんとなく父と母の人生になぞらえ、ごく一般的な家庭を築くべく、大学卒業して、幼馴染と25歳で結婚して、結婚と同時に60歳で住宅ローン払い終わるように、ファミリー用のマンションを購入した。

そして、公務員の父と専業主婦の母を持つオットも、同じようなライフプランだったみたいで、結婚の少し前に、トラックドライバーから公務員の下請け的な、これもよくある、安定的な事務系サラリーマン正社員に転職した。

別に何不自由なく暮らしてたし、ダブルインカムだから、けっこう裕福に浪費してたと思う。

なんとなく思い描いてたライフプランが狂いだしたきっかけは、どうやら子供ができそうにないと判明したことだ。

(普通の定義はともかくとして)いままで超がつくほど「普通」に生きてきたわたしにとって、子供ができないことは「普通」ルートから外れる予想外の展開。

「普通」ルートに戻るため、見切り発車の不妊治療もしてみたけど、不妊治療ってお金かかるし、夫婦ふたりの類稀なる努力が必要なもので、よくも悪くも、わたしたち夫婦は、ふたりぼっちでも仲良しで、いい歳して中学生みたいに遊び呆けていられるタチだから、不妊治療は続かなかった。

子供ができないことについて、わたしは少し悲しいと思っている。

でも、言いかえれば少ししか悲しくない。
子供ができなくても、いつかオットと離れ離れになるまではふたりぼっちの家庭を楽しみ、いつかひとりになるときがきたら、そのときはひとりぼっちの家庭を楽しむ。そんなこと考え出してる自分に気がついた。

なんでいままで、まだ見ぬ子供のために、現在のわたしたちの不自由を受け入れてんだろう。
なんでいままで、別に困ってないのに、心が蝕まれてく仕事にかじりついてたんだろう。

そう思ったら、10年勤めた仕事が右肩下がりでうまくいかなくなって、結局退職した。
そしていまオットが「好きを仕事に」を目標に、転職活動を開始してる。

よく考えたらさ、ごく一般的にみえてた両親だって、それって人生選択の結果にすぎない。「普通」なんて、人生をピンスポットでみたら、全く意味ないことだった。その瞬間に「普通」なんてありえない。

そう考えたら、なんだか世界が変わって見えた気がしたんだよ。